最近、私は癒しを欲していることに気づきました。私の中で『癒し』という感覚は抽象的でつかみにくい言葉の表現でした。
好きや、嫌い、熱い、寒いといった他の感覚とは違った印象を持っていたのです。
よく考えてみると、好きや嫌いもその中身は人それぞれの意味を持ち、抽象的な意味合いも含むのだから癒しとその他の感覚の違いは無いのですが、一緒だとは捉えられなかったのです。
癒しとは何なのかが分からない私は、その意味を探していました。
ストレスフルな現代社会に生きる私達の日常では、『癒し』という言葉がたくさん使われています。
私は、誰かが『癒されたい。癒された。』などと話す度に、その言葉の意味や感覚が私の中にも存在するのかどうかを知りたくて、その言葉の意味を聞いていました。また、単純に言葉の意味を辞書で調べたり、癒しに関する記事を読んだりもしました。
その結果、私の中では、癒しとは心理的な安心感を得ること、と位置づけました。
では、癒しという言葉が多用されているこの世の中で、この感覚の意味が腑に落ちない私は、今まで癒されたことがなかったのだろうか。つまり、心理的な安心感を得た経験が無いのだろうか、という疑問がわきました。
人から無条件に愛された経験や、受け入れられた経験がないと、その感覚を感じるのは困難な場合があります。
それと同じ考え方で、私は癒される感覚を知らないのではないかと疑いました。
私は今まで、心理的な安心を得たことが全く無かったのか。
そんなことはありえない、とは言える。ではなぜ、癒しを知らなかったのか。
もしかすると、自覚していなかったのかもしれない。
今まで心理的な安心を得ることで、癒しを得ているという認識が無かった様に思えたのです。
意識をしていないのだから、その感覚にどっぷり浸り味わうことが出来なかったのかもしれません。
それに気づいた今、癒されることを体感し、癒しが私にもたらす影響をありありと感じ、存分に味わっていきたい。そんな欲求にかられています。私にとっての癒しの方法は、安心できる人に会うこと、くつろげる時間を持つこと、美味しいご飯を食べること、セラピーを施されること等、少し考えただけでもたくさん出てきます。これらを通して、自分自身をトリートメントし愛しむことの幸せを実感していきたいと思っています。
さて、あなたにとって、癒しとは何ですか。
その癒しは、今も得られていますか。
あなたの生活の中に、あなた自身が癒される時間を加えてみてはいかがでしょうか。
また、今回は『癒し』について考えたことですが、『愛すること』『受け入れること』『許すこと』・・・など、自分にとって、その言葉がどういう意味を持つかを探している時、このコラムが参考になれば幸いです。
11月に入り今年も残すところあと2ヶ月。あぁ、また一年が終わってしまう。この一年、自分は何か意味のあることをしただろうか?と心中密かに焦っている人も多いのではないでしょうか。私もその一人なのですが、そんな思いを抱えた中、平城京遷都1300年を記念して賑わっている奈良に行ってきました。
最近、何かに感動しましたか?
近々、大学時代の部活動の同窓会に参加することになりました。大学を卒業して既に20余年、初めての参加です。というより、今回声をかけられるまで同窓会をしていることを知りませんでした。これまでに何回、同窓会が開かれていたのかは訊ねてないのですが、なんで声をかけられたのが今年なのかな?タイミングが良すぎない?と感じています。
